Life

真空管アンプをON!

Ken Murata

今日から11月なので、真空管アンプをONにしました。TRIODE TRV-M300SE(モノラル x 2)です。300Bの真空管のツヤのある音が楽しめる素晴らしいアンプです。逸品館のコメントでも証明されいています(?)。 真空管アンプって、熱を出すのでだいぶ暑いですよね。なので昨今の猛暑の間は使わず、McIntoshのトランジスタアンプを使用しています。これはこれでタイプは違うけどむしろ音の広がり・スケール感があって良いのですが、冬は真空管の暖かみのある音、とそれぞれ別物として楽しむことにしています。 真空管の寿命もあるので何年かごとに交換も必要だし、昨年は不調で修理に出したりもして手間とお金かかるなーと思いつつ、やはり大人の男の嗜み(?)として真空管アンプの音を愛でるのです。

Life

不景気型のデザイナー

Ken Murata

佐藤オオキさんのインタビュー映像でそのようなことが語られていました。景気のいいときは分業化が進む。景気が悪くなると限られたリソースでやりくりできるデザイナーが求められる。生き延びるためにいろいろやっていたら社会のニーズに合っていた。 いったん分業化された社会において、これから必要なのは分断されたものを飛び越える力とか、結びつける力とか、そういう存在が必要とされるんじゃないでしょうか。例えばデザイナーと経営者、一次産業とデジタル産業、地方と都市、シニアとヤング、などなど、そういったところから新しいものを生み出していく力。 最近すぐにAI時代では◯◯という職業は必要とされなくなる!ということが語られがちですが、デザイナーという職業はどうでしょう?少なくとも仕事内容はだいぶ変わるでしょう。デザイナーという職業の半分くらいは打ち合わせになるのでは?1/4はアイディエーション、つまりアイデアを考える時間。まあ打ち合わせも大部分は企画会議的なものなので、実質75%は人とコミュニケーションしながらアイデアを考える、ということになるんじゃないかな。そうなるともはやそれはデザイナーなのか?とも思いますが、でも他になんと呼んでいいかわからん。 むしろ自分の肩書はこれから「デザイナー」がいいんじゃないか、と思い始めているところです。「プロデューサー」という肩書も「何かを生み出す人」という意味ではいいなと思っていたんですが、ちょっと偉そうだし。デザイン作業をしないデザイナーでもいいでしょ?何かを結びつけてアウトプットできる人、になりたいんです。 ※写真は多摩川で出会ったタヌキ

Life

価値観を疑う(2) 責任感 → 無責任

Ken Murata

「責任」という言葉が好きではないです。誰もが社会人になるとやたらと「責任」と言われます。「責任感が無い」「責任を持ってやれ」「お前の責任だ」「責任者を出せ」などなど… 。 「責任」という言葉にはなんか「許されない」「罰を受ける」「賠償する」ニュアンスを感じます。だから、責任感を持って何かすることは苦しい。だから嫌い。寛容とか余裕とかが無い。うまくいかなくても必ずしもなんか事情とかもあるじゃん。あと契約(金額)の大きさとか、内容の重大さとか… 。 自分もこれまで仕事で辛いことは何度も何度も何度も何度もありましたが、辛くなったら「まあそれで死ぬわけじゃないし」と自分で自分に言い聞かせていました。自分は広告とかデザインとかの仕事をずっとやってきたので、納期が遅れたところで人の命に関わることは無いのです。(医師や運転手や命を預かる仕事のみなさん、本当にご苦労さまです!)それでも納期とかクライアントとか上司とかに追い詰められると本当に苦しくなります。苦しい人たちには「それで誰かが死ぬわけじゃないし、責任とって自分が死ぬわけじゃないし」と開き直ってもらいたいです。 「責任」という言葉のとらえ方を変えたら、みんなもっと幸せになるんじゃないかなあと思うんですけど。どうやればいいのかな? とか?要するに 「責任」と「無責任」の間に、「責任を感じてがんばるが無理しない」的な言葉があればいいのかな?「非責任」とか「脱責任」とか?世の中(特に日本は)真面目すぎる人が多いので、ちょっとくらい無責任な人が増えても社会がおかしくなるほどのことはないでしょ、たぶん。仕事は「怒られるから」するのではなく「やりたいから」やる、という意識に(少しでも)なれるといいと思うんだけど。 ※写真はそんなことを考えながらいつも散歩している多摩川と青空

Life

EXPO 2025 大阪・関西万博

Ken Murata

万博にギリギリ行くことができたのでその記録。といっても夜19時半〜21時くらいの1時間半くらいしか時間なかった… 。なので「ちょっと雰囲気を感じた」くらいでしかなかったけど、それでもいちおう「行ったよ!」と人に言える、という意味では行って良かった。これで自分も時代の目撃者、てへ、的な。 会場に足を踏み入れる。人がいっぱいいる。もう19時半くらいなのに。ということは、夏休みや日曜日の日中はどれほどだったのか… 。想像するだけで、灼熱の炎天下にものすごい数の人がいる情景にぞっとする。ちょっと危ない、というか怖い。人が集まるって、なんか怖いよね、コンサート会場とか。でもそれがすごいお祭り感。そう、万博は巨大なお祭りだ。日常がふっとぶ高揚感。会場に足を踏み入れて人波を歩いているだけでなんか知らんが楽しくなってきた。 まずは大屋根リングに登る。人がいっぱいいる。もう19時45分くらいなのに。ということは、夏休みや日曜日の日中はどれほど… またそんなことを考えつつ、リングの上から会場を眺める。うん、夜の眺めもいいねえ、と昼の眺めを知らないのに思う。周囲を見ると大勢の人たちがリングの上でまったりしている。かなりのまったりだ。「次はどこどこ館を見なければ!」とあくせくしていない。この時間にこの場所でまったりしているのは、万博慣れした上級者か昼から来ていてもう疲れているかなのだな、と思った。 会場内をうろうろし、null2の外観を見る。人がいっぱいいる。パビリオンの予約は全然できなかったので、当然中には入れない。null2見たかったな。あんまり予備知識ないけど、まあ落合陽一さんだし。結果的に会場内をうろうろして、たまたまあった予約無しで入れる空いてるパビリオンに2〜3入れただけだった。 今回、仕事でいくつかの万博案件に関わったが、Webサイトやバーチャルコンテンツの案件で、現場の展示の仕事はなかった。知り合いが沢山展示系の仕事をしていたので、正直うらやましかったなあ。イベント案件はやってるときには大変だけど、結果的にやっぱり記憶に残る。 お腹がすいたので、ひとりでさくっと食べられる何かを探す。ちゃんとしたレストランはいろいろと敷居が高そうなのと時間もないので、マルタ館のテイクアウト屋台(?)を見つけそこに少し並んでゲット。 マルタののフティーラというサンドイッチ的なものとCISK缶ビール(350ml)。それぞれ1,800YEN。合計3,600YEN。さ、さすがの万博価格… 。味は普通に美味しかったです。 そうこうするうちに21時が近づいてきて、駅がめちゃ混雑するだろうから早めに帰路につくことにした。このあたりがもう年齢を感じずにはいられない。自分が30代だったら時間ギリギリまでひとつでも多く見て回ろうとしただろう。最近はやはり例えば旅行に行っても無理のないスケジュールにしたくなる。いかんいかん、でもまあ仕方ない。 お祭りは楽しい。お祭りに文句言う人はいない。近所の神社のお祭りや花火大会に文句を言う人はいないだろう。お祭りは参加だ。何をするとか手に入れるとかではなく、参加することが楽しい。参加するだけで楽しいのだから、文句を言う人はいない。そしてお祭りはでかい。神輿はでかいし、花火もでかいし、野外ライブの音もでかい。でかいものの周りに大勢が集まって非日常感を楽しむ、それが祭りだ。万博もフジロックもチームラボも祭りだ。次は何の祭りに行こうか。

Life

DIYはじめました

Ken Murata

DIY ― Do It Yourself。「自分でやれ」。そうですね、その通りです。引っ越しを機に、できることはできるだけ自分でやってみようと決めた。もしかしたら私は、この日を待っていたのかもしれん。 棚づくりから始まる 新居というのは、何もない「デフォルト状態」から始まる。そのままだと、微妙に無駄な空間が生まれたり、使い勝手が良くないところがあちらこちらにできる。そこでまず必要になるのが棚だ。DIYの大定番だ。押入れを有効に使うために奥の壁に可動棚を取り付けて収納を増やしたり、キッチンにはマホガニー材をホームセンターで購入し、オイル仕上げでちょっとおしゃれな棚を設置した。キッチンの棚の設置の際は、綿密に調査して壁に木材が通っているところに棚受けをしっかり固定できた。水平も完璧で満足だ。棚をいくつかつくる過程で、「DIYは綿密な設計・正確な墨付けが9割。あとは丁寧さと根性」ということを学んだ。 スピーカースタンドに挑戦 棚だけでは飽き足らず、さらに家具的なものとしてスピーカースタンドを製作。リビングにB&Wの小型スピーカーを置く場所が無かったからだ。スピーカースタンドは共振を抑える必要があり、安価で柔らかい木材では全く役不足だ。そこでウォルナット材を選んだ。(ホームセンターで1枚2,500円くらい?)デザインはSketchUpを使って図面を作成。このアプリ楽しい。ちょっと木材を斜めに使ったデザインも検討したが、極めてシンプルなほうがリビングに合うと思い、シンプルにデザインした。完成品はマスターウォールのテレビ台と並べても遜色ないほどの出来栄えになった。(写真では見えないが、ちゃんとネジ穴も同じウォルナットのダボで塞いでキレイに仕上げている) 電気工事士の資格取得へ 次に気になったのはコンセントのパーツ交換。しかしこれをやるには第二種電気工事士の資格が必要だ。そこで以前から考えていた第二種電気工事士の資格取得を、この機会に決意。工学部電気電子工学科を(一応)卒業しているので理論は余裕。10月に筆記、12月に実技試験を控え、久々の受験勉強。これもまた楽しい。 自転車メンテナンスもDIY 毎日のように調布駅へ通っている自転車のギアが不調。ショップに持ち込こんでオーバーホールすることも考えたが、YouTubeで調べると意外に簡単に調整できることがわかった。後輪固定スタンドを購入したことで、定期的に自分でメンテナンスできるようになった。 DIYがもたらすもの DIYを通じて、何力というのか、生活力?生存力?行きていく上で必要な力、生き延びる力みたいなものが上がっている感覚がある。そしてYouTubeは最強の教材、先生だ。いろんな専門家が惜しげもなく知識やスキルを教えてくれているのだ。もう道具とYouTubeさえあれば山奥の小屋に取り残されても生きていける――そんな自信すら芽生えてきた。 ないものはつくる 「ないものは自分でつくる。」久しく忘れていたこのマインドを取り戻した。いつの間にかいろいろと便利なサービスや製品に囲まれて、忘れがちになっていたんだ。初めてパソコンを手にしたとき、インターネットを始めたとき、その喜びはこれだったということを。(いままでできなかったものが)「自分でつくれる」ってことにどれほどときめいたことか。 そして今、AI時代でも同じなんじゃないか。つくりたいものがある人にとって、AIは強力な味方になる。しかし、代わりに何かやってもらおうと考えるだけでは、AIは仕事を奪う存在になってしまう。つくるっていうのは、別にすごいデザインとかすごいアイデアとかじゃなくちょっとした工夫とか思いつきでよくて、それが創造性とかクリエイティブとか偉そうなことは言わず、とにかく楽しいからいいじゃないか。自分でやれ!

Work

ピピットガチャ開発ストーリー (1)

Ken Murata

ピピットガチャというQR決済で回せるガチャがあります。SONICJAMが開発し、現在は株式会社funboxが事業を行っています。街やイベントなどで見かけた方もいるかもしれません。商品に興味がある方はこちらからぜひ! 自分のこれまでの経歴の中で、SONICJAM時代の中でもかなり重要なプロジェクトだったので、部分的にでも開発ストーリーを残していきたいと思って書き始めます。どうなるかは成り行きまかせ。 ごく簡単にプロジェクトの紹介 なぜこのプロジェクトが始まったのか こういった偶然が重なったからです。一言で簡単にまとめると、 です。新しい事業やプロジェクトというのはそういうものかもしれません。この場合の「やりたい」というのは、「社会のために」とか考えてひねり出したようなものではなく、子どものときから信じ続けて疑いがなく今後も不変の感情、という意味です。ということは、そういう好きなものややりたいことがめちゃ強いとか沢山ある、という人はそもそも新しいものを生み出したり成功する確率が上がる、ということになります。そうなると、特にこどもとか、いや大人だからこそ、やりたくないことをやる時間を減らしてやりたいことをやる時間が多い人のほうが、成功する確率が上がるんじゃないだろうか。 次はリソースの問題です。「やりたい」だけでは何もできないのは当然です。今回の場合は、「グループ会社がガチャの筐体(権利)を持っていた」ということです。ガチャの筐体は簡単な機構ではありますが、ゼロからつくるのはお金も時間もかかりますし、バンダイなどが持っている特許をかいくぐって新しい筐体を開発するのはなかなか大変です。それと、SONICJAMとしてデバイス開発ができるエンジニアなどがいたということ。アナログの筐体とデジタルのエンジニア、このふたつが揃うことはまずありません。ひとつひとつは珍しいものではありませんが、通常出会うことのないリソースが揃うことによって、これまでにないものが生まれます。 さらにガチャはニーズがあるとわかっていた、というのもポイントです。このあたりは以前のブログにも書きました。よくある新規事業やスタートアップの失敗で「結局ニーズが存在しなかった」というものがあります。「これまでになかったものをつくりたい!」という気持ちはわかりますが、事業の基本は「今すでに存在しニーズがわかっているものをさらによくする」という考え方ではないでしょうか。 こういったさまざまな偶然が重なったことは、あらためて運が良かったなと本当に思います。次回は開発開始してからサービス開始までの苦労話(?)を書いていきたいと思います。たぶん。

Life

これからの民主主義のデザイン

Ken Murata

先日、参議院選挙がありましたね。今回は特に日本の政治について「このままでいいのか」と考えさせられる選挙でした。 タイムリーに深津さんのPodcastに安野さんがゲストに来ていた回が公開されていました。内容がとても面白かったので、ぜひシェアしたいし、多くの人に聞いてみてもらいたい。何が面白かったかというと、テクノロジーを活用して政治に対してできることを考えたときに「今まで当たり前と思っていたけどそういう可能性もあるのか」とか「それができたら政治のこれからは楽しいじゃん」と思えたから。この明るい感じがいいんですよね。選挙前からずっと感じていた違和感というか不満というか、「選ぶ政党がない」「どこが一番マシか」「どうせダメだろう」的なムードとか、新しい政党もどこも「うちは他とは違うぞ!他はダメだ」と政党同士が足をひっぱりあって勝ったの負けたの騒いでいる感じ。そうじゃなくて、もっとみんなで良くしよう、という誰とも戦わないスタンスというか、良いシステムをつくってみんなに使ってもらう、みたいな。 あらためて今回の参議院選挙結果とか、このPodcastの内容とか聞きながら考えてたけど、 総理大臣が何回交代しても、現在の政治システムでは何も変わらない。とにかく政治や選挙のシステムが悪いし、悪いシステムを変えられないシステムが悪い。それを変えるための新たな希望がテクノロジー(主にAI)ということなんだろうけど、私的には安野さんの存在自体というか、それを見て「エンジニアが政治に参加するって面白そう」「自分もやりたい」と思う人が増えることが一番の希望だと思う。 ※写真は政治には関係なくレコードプレーヤーの上でくつろぐマメタロウ

Life

岐阜県美濃市を知ってるかい?

Ken Murata

「美濃和紙」は1300年の歴史を持つ、日本三大和紙のひとつ──だそうです。 そんな歴史ある街に、なんと築350年の古民家を改装してオフィスにしている映像制作会社があると、元アクアリングの吉田さんに教えてもらったので、さっそく訪問してきました。フリーランスなので、フットワークの軽さが取り柄なんです。自由なので。自由最高。 名古屋(実家)からJR高山本線で美濃太田まで。結構空いてて、乗客は自分以外ほぼ外国人。高山に行くのかな。美濃太田で長良川鉄道に乗り換えて、美濃市へ。この電車がまた渋い。さらに先の郡上八幡まで行ったら、もっと渋くていい感じなんだろうけど、今回はここで下車。 美濃市の街並み。これが「うだつ」。 これが、古民家を改装した撮影スタジオ「たまぼし」→ https://tamaboshi.jp/ 運営しているのは、株式会社ヒオリス。 → https://hioryes.jp/ 築350年の古民家の中に、REDのカメラや撮影スタジオがしっかり完備されていてびっくり。「岐阜で一番機材が揃ってる会社なのでは?」説ある。目指せ中部No.1。決戦は関ケ原。(意味無し)「自由に使っていいよ」とのことで、2日ほどこの場所で仕事しながら過ごしてみました。 時間の流れ方が違う。350年の歴史の中に、自分がちょこんと座ってる感じ。「ここで郡上の領主と渋沢栄一が鉄道について話した」──みたいな事実と妄想がいい感じに混乱するタイムスリップ感。現実的には、普通にオンラインMTGやってただけなんだけど、タイムテレビ(ドラえもんのひみつ道具)で話してるみたいな。ほんとはもっと国を動かす相談とかしたいんだけど。 こういう異空間でブレストとかやったら面白そうだなあ。やっぱり空間の力ってある。以前鎌倉で古民家借りてサービス開発のブレストやったのも楽しかったな・・・。少人数合宿とかやりたい。もしくは徹底的に自分を見つめ直すとか。今回はなんだかんだ忙しかったので、全然自分を見つめ直せませんでした。てへ。たまぼしは宿泊不可なので、近くのゲストハウスに泊まりました。 こちらも古民家を改装した宿「WASITA HOUSE」。 → https://wasita.co.jp/stay/ 3部屋しかないんだけど、この日は自分ひとりの貸切状態で、最高に快適でした。 今年フリーになってからは、これまでお世話になった方々に直接ごあいさつをしたいと思って、できるだけいろいろな場所に足を運んでいます。福岡、広島、長野、福島、宮城……などなど。これまで関わってきた会社、取引先、パートナー。というより、人とのつながりが自分にとっては最高の財産。そして、地方というのは日本にとって貴重なリソース、風景、農産物、技術、伝統、歴史──そういったものを活かして、何か新しいものを生み出せないかなあ。まああまり大げさに考えず、これもフットワーク軽くホイホイと何か始めたいなあ。「地方創生」とか「何かを助ける」みたいな構えた偉そうな感じではなくて、もっとフラットに、「面白そうだから」「楽しいから」みたいな感じで。 そして来年からは──海外へ行こう。

Life

価値観を疑う (1) 継続すること → 変化すること

Ken Murata

性格的に、わりと何でも疑ってかかるクセがある。「当たり前」とされていることには、つい「本当にそうか?」と問い直したくなる。最近、正しい・良い・守るべきとされてきた「価値観」に、本当にそうかな?と思うことがいろいろありまして、それを少しずつここに書き留めていこうと思います(たぶんシリーズ化されるのでは)。つたない考察や、間違いもあるだろうけど、でもそれがブログというものでしょ? 自分は昨年末に会社を退任するまで、23年間代表取締役を務めました。それについては「20年以上続けるなんてすごいですね!」と、お褒めの言葉をいただくことも多く、もちろん素直にそう言ってもらえるのは嬉しい。でも、今の自分の正直な気持ちとしては、会社が継続した年数には特に価値を感じてない。たしかに、企業が20年以上生き残る確率わずかだと言われるけど、だからといって、それは(特に現在において)そんなに偉いことなのだろうか。大事なのは、「どれだけ続いたか」ではなくて、「何を成し遂げたか」ただ、それだけ。そりゃまあ23年間で、自分が成し遂げられたこともいくつかあるとは思ってるよ。でも、できなかったこと、後悔していることのほうがやっぱり多い。まあでもそれはただ自分の力が足りないにすぎないんだけど。 ところで、この変化の激しい時代において、「継続」や「安定」を重視するのはとても危ういと思う。「会社を潰さないように続ける」「社員を路頭に迷わせないように雇用を守る」というのはもちろん重要なこと。でも、その「守る」姿勢が強くなりすぎると、「変化」できなくなってしまう。そして変化が遅れた結果、もっと大きな問題が起こる。取り返しのつかないことになっちゃう。 最近、選挙が近いこともあって、日本の未来や社会の在り方について自分なりに考えてみたりしてる。よく言われる「手取りを増やす」「給与を上げる」・・・しかもその方法が消費税削減とか現金給付では、なんら明るい未来に繋がる気がしない。 一番大切ではないかと思うのは、変化を促すこと。そして、変化を妨げる要因をできるだけ減らすこと。自分の会社のこととか考えてみると、思い当たるところ、あるんじゃない?「うちの会社って古いよな〜」とか「やろうとしてもできないんだよな〜」みたいな。いちおう口ではみんな変わる変わると言うけど、その程度じゃダメなんだよなあ、もっと根本的に変えないと。(人数を半分にするとか職種の割合をガラッと変えるとか狙うマーケットをガラッと変えるとか商品ラインナップを全部入れ替えるとか、そういうイメージ) とくに中小企業(大企業も)にとって、変化こそが生き残りの鍵。少子高齢化が進み、国内マーケットが縮小していく中で、いかに柔軟に、時代の流れに遅れず、進化していけるか。それがなければ、賃金アップも経済成長もあり得ないだろう。政策もとにかく「変化を促すこと・変化を妨げる要因をできるだけ減らすこと」であってもらいたい。まあ、そもそも政治や選挙制度が全然変化できないからしょうがないんだけど、てへ。いやてへ、と笑っている場合ではないのでは? 自分としては、不満や怒りを通り越して、怖い。 ※大胆なこと書いたつもりだったけど、読み返したら当たり前のことだった。怖い。

Life

引っ越し (9回目)、ちょうどいい調布ライフ

Ken Murata

名古屋 → 千葉(西千葉) → 新小岩 → 千葉(稲毛) → 落合 → 鷺沼 → 駒沢 → 下目黒 → 碑文谷 → 調布 というわけで、人生9度目の引っ越しは調布市。最寄り駅は京王線の国領駅で、新宿から30分圏内というちょうどいい距離感。そのくらいの電車移動は、音楽聴いたり本読んだり考え事したりするので、嫌いじゃない。 抜群の郊外感。これまでずっと都市に住んできて、まあコロナの影響もあり、地方や田舎への移住したい気持ちもなんとなくあるけど、都会の便利さも捨てられず… そんなとき、調布のバランスは絶妙。調布駅前はパルコもビックカメラも映画館もあって便利だけど、10分も歩けば畑や直売所があちこちに現れる。 空気が良い。最近、地方に行ってから目黒あたりに帰ってくると息が詰まるような空気の悪さが気になってた。「空気の良い場所」というのは物件を探す上でかなり重要な条件。意識してないと気づかないかもしれないけど、目黒と調布の空気は結構違うよ。 多摩川が近い。これ最高、毎日行きたい。サイクリングコースを走るために自転車買い替えたい(まだしばらくは古い自転車に乗るけど)。犬の散歩したい(犬いないけど)。昔から「川のほとりに住む」のに憧れがあったので、ちょっと夢が叶った感ある。(あとは犬) 家と家の間にゆとりがあるのがいい。世田谷あたりで物件を見てたときは、どれもギチギチに建物が詰まって圧迫感を感じてたけど、今度のところは隣が平屋だったり高い建物が無いし空が広い。 陽当り超良好。裏手は隣のマンションの庭スペースで、建物が遮らないという好立地。なんていい場所見つけたの…(不動産屋グッジョブ)。南向きで1階でも日差しがしっかり入る。昔、落合のアパートで陽も風も通らず床一面に生えたカビに苦闘したのを思い出す。 庭があります。3m x 9mくらいでまあまあのサイズ。南向きでめちゃ陽当たりいいけど、夏の暑さを考えると木を植えて木陰をつくりたいところ。リビングから常に庭が見える喜び。 隣のマンションの庭には桜の木があって、部屋からよく見える。自分の部屋から花見なんて、これはなかなか贅沢な特等席。...

Privacy Policy· Cookie Policy· Cookie Settings
©2026 Gary & Kenny Inc. All Rights Reserved