Life

断捨離。捨てたいものは何?

Ken Murata

CDを(一応すべてデータ化して)すべて処分しました。だいたい1,500枚くらいあったのでデータ化はめちゃめちゃ大変で数ヶ月かかりました⋯。アナログレコードはそんなに沢山持っているわけでは無いのですが、厳選して残すものを選び、200枚くらい処分しました。これらはデータできない(まあやろうと思えばできるのですが大変すぎる)ので、あらためて一通り聞きながら、レコードで保持する必要のないもの(名盤とかよく聴くものでもストリーミング再生で十分だと思われるもの)を選び、処分しました。 書籍は段ボール7箱分くらい処分しました。DVDも少し減らしました。ギターは5本くらい売却しました。服はまだこれから。 断捨離をしながら、最初捨てるべきものは物欲なんだと思っていました。もう最近は欲しいものとかも特に無いし、物欲は捨てられると。でももう少し考えてみると、捨てるべきは過去のものを所有しておきたいという心であり、それは過去の自分なんじゃないかと。なつかしの何かとか、昔好きだった何かとか、ずっと昔から積み重ねてきた自分。それを捨てなければ断捨離では無い。 さらに、物を捨てるだけでなく、行動も捨てるというか、要は「止めることを決める」ことです。私は10年以上趣味としてやってきた熱帯魚と水草を止めることにしました。あと例えばテレビを見るのを止めるとか、そういうこと。 そして物欲はあってもいいというか、いろいろ捨てたあとにまた何か欲しくなったら買えばいいのです。何かを止めて、また何かを始めればいいのです。 いったんスペースをつくるというか。元々のきっかけは引っ越しに向けて物理的に物を減らしたいということだったのですが、気持ち的なものも同じです。つくづく思うのは、もういっぱいいっぱいの自分には、新しいものが入る余地がありません。捨てることで、余裕をつくらないといけないのです。自分もちょうどそんなタイミングなんだな。 好きだった本を捨て、新しい本棚に何入れる?過去の自分を捨て、新しい自分はどうなる?

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自由であるということ

Ken Murata

昨年(2024年)を持って、株式会社ソニックジャムの代表取締役を退任しました。設立が2001年9月なので、23年以上社長をやっていたわけです。ホントおつかれ、自分。 そして自由になりました。どのくらい自由になったからあらためて考えてみたりしているんですが、会社の経営者ってやることが本当に多いんですよ。そして、これは良くないことだと思いながらずっと全部自分ひとりでやってきました。(いやそれは自分でそう思ってるだけだろという異論もあるかもしれませんがとりあえず自分の意識として) 経営戦略・ビジョンををつくる:これが社長の最も重要な役割です。要するに会社の方向性を決めて、将来どうなっているかを定めることです。私は3年に一回、社内に向けて3か年計画を発表していましたが、年末に発表する資料を夏頃には作り始めていました。というか一年中そのことは考えているのです。 社員の採用・教育・評価:どんな人を何人採用するかという採用計画、採用メディアやエージェントの選定、求人広告の作成、そして実際の面接。採用後の教育計画の策定、実施。それから給与・賞与の査定など。面接は必ず入りますし、それは最終面接はもちろんやりますがそれだけではなくむしろ書類選考や一次面接から入っていました。それはそうしないと意外性のある面白い人材が見落とされてしまうからです。普通の枠にハマらない人材の採用と育成こそが、個性的な組織にをつくると思っていたので、採用してから社内で「この人採用してどうするんすか?」と怒られたりしました。 組織のマネジメント、トラブル対応、etc⋯ ちょっと書ききれないのでこのへんで。 さてこれからどうするか、ということを考えたときに、これらを全部やらないことにしました。つまり、採用・教育・マネジメントなどを一切行わないことで、これからの自分の時間を事業 = 自分のやりたいことにすべて使う、ということです。なんて贅沢な。もう人を育てたり、人のトラブルの相談に乗ったり、みんなを盛り上げたり⋯ しない。これからはそうさせてもらいます。誰も文句ないよね?

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なりたかったのは自称発明家。例えばドクみたいな。

Ken Murata

ドクというのは映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に出てくる発明家(クリストファー・ロイド)の名前。ああいうマッド・サイエンティストみたいな、夢の機械をつくっちゃう人、にあこがれていました。 小学校のころから「ドラえもん」はもちろん好きで読んでたけど、藤子・F・不二雄先生の作品で一番好きなのは、ダントツでキテレツ大百科でした。同じようなものが自分でも作れないか一生懸命考えてたなあ。まあもちろんできないんだけど。他には学研まんがひみつシリーズ「発明・発見のひみつ」とかエジソンの伝記とかも死ぬほど繰り返し読んでました。 なんでだろう、理由はよくわからないんだけど、何か自分で作り出したい欲求みたいなものが強かったんでしょうか。学校の勉強みたいに、決められた答えを求めるというのが非常につまらないというか⋯。生意気言ってすみません。自分が生まれ育った1970〜80年代というのは時代の流れ的にも夢があったというか、ウォークマンやパソコンやファミコンなんかが生まれたり、未来を夢見ることができた時代だったのかもしれない。 おじいちゃんのラジオを分解してみたり、学研の電子ブロックで回路つくったり⋯。当時は全然意味がわからなかったけど。もうちょっとちゃんと勉強すればよかった。でも小学生でコンデンサーとか理解するのは無理か。でその後、大学は工学部の電気電子工学科に進み、そこで回路とかパソコンのハード、ソフトの基礎的なことなどを学びました。 その後1990年代後半になってくると、インターネットが非常に盛り上がってきて、そこでソニックジャムという会社をつくり、Webサイト制作やシステム開発などをずっとやってきたわけです。結局なんかつくるのが好きだったんだな。そして2021年にはピピットガチャというQR決済できるガチャを開発し、特許をとりました。この特許はねえ、本当に長年の夢が叶ってうれしかったです。 ピピットガチャのように、アナログとデジタルの組み合わせなど、これまでありそうでなかった(できなかった)ものというのはもっともっとあるんじゃないか。そんなネタはどこかにないか。自分もまだいろいろできるんじゃないか。そんなことは今でもいつも考えています。

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私は何者なのか?を語る

Ken Murata

例えば自己紹介をしなければならないシチュエーション(新学期とか採用面接とか⋯)で、自分が何者なのかを説明するのってなかなか難しいですよね。生年月日とか星座とか… いる?自分の性格はこうです、とか⋯言いにくいな?そんなときには「小さい頃から好きだったものを語る」というのが強力な材料になるのではないかといつも思っています。 例えば採用面接の際に、求職者に「私は社交的な人間です」「コツコツ続けるタイプです」「企画が得意です」などと言われても、いくらでも勝手に作れるというか、言うだけで説得力あるのかな、と感じることも多いですよね。そういうときに「小さいころから夢中だったことは?」「小さいころなりたかったものは?」という話を聞くと、その人の本質が見えてくることがあります。 共感が一番生まれるのは「あ、それ私も好き!」と感じたときで、「俺はこんなにすごい」といくら押し付けられても共感はされないのです。クリエイティブ・ディレクターの原野守弘さんの「クリエイティブ入門」にはそのあたりがわかりやすく書かれています。「偉大なブランドは、自分自身についてではなく、自分が愛するものについて語るのだ」(クリエイティブ入門/原野守弘)気になる人はぜひ一度読んでみてください。 それとこれまでの経験上、難しいことを語ろうとするとたどたどしかった人が、自分の好きなものについて語りだしたとたんスラスラとしかも情熱的に話し始めた、という場面を何度も見ました。採用面接では無理に「御社の企業理念に共感し⋯」「私の長所は⋯」などと話すのはやめて「私が大好きなもの」を思いっきり語ってみましょう。きっとうまくいくよ。 で、私は何者なのか?私の好きなものは何か?については、また次回以降にゆっくり語ります、たぶん⋯。つづく。

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